雪晶の追跡

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 午後十時、列車の窓から、雪に阻まれて閉鎖された真っ暗な国道252号が見える。  俺が乗るJR只見線は、福島県にある会津宮下駅と新潟県の早戸駅間を結ぶ鉄道だ。  この路線には一種の都市伝説がある。鉄道員の知人によると、車内では騒音で聞こえないが、積もった雪が車輪の摩擦熱で溶けて、また外気の寒さで氷結する瞬間に『チダラッ!《血まみれ》』と、線路が囁くらしい。  そうやって列車を『チダラ! チダラ!……』と囁き声が追いかける。そういう話だ。  単調な冬景色と緩やかな列車のリズムが眠気を誘う。そんな事を退屈しのぎに思い出していたら、突然、携帯が鳴った。  出ると聞き覚えのない声だ。間違い電話なので腹いせに、「はい、会津宮下火葬場です」なんて悪戯してやったら、気の弱い奴で『ひっ!』と、叫んで切りやがった。  で、しばらくしたら携帯が鳴るので出ると、またさっきの奴だ。今度は『はあ、はあ』と息遣いを聞かせやがる。  「いったい、なんです、あなたは?」と、訊いたら、怯えた声で「俺は死んでね! おんつぁ!《馬鹿》」と罵って切りやがった。 頭にきてリダイヤルしたら、 『00火葬場です、本日の営業は……』と、留守番電話の声が聞こえてきた。  悪戯じゃなく、本当に火葬場につながっている。  嫌な予感がした。福島へ行くのは友人の葬儀へ出席するためだ。  次の駅に到着した。  「おちるしどが、しんでから、おのりください《おりる人が済んでから、お乗り下さい》」と、車内のアナウンスが聞こえる。  空耳だが、いい気分はしない。友人は線路で事故死したのだ。  ドアが締まり、私を乗せて進む列車を『チダラ!』という囁き声が追いかける。なぜかそんな妄想が浮かんできた。
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