吸血鬼文明開化覚書(ヴぁんぱいあぶんめいかいかおぼえがき)

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 え~東京両国はなめくじ長屋に住む八っつぁんと熊さんは、一見、なんの取柄もない、どこにでもいるフツーの人間のように見えるんでございますが、実のところこの二人、先刻より話に出ております「飛頭蛮」なんでございます。  ま、飛頭蛮っつっても、夜になると首が無意識に抜け出しちまうっていう、ただそれだけで、他に何か妖術が使えるだとか、狐や狸のように何かに化けれるかってえとそんなわけでもなく、やっぱりなんの取柄もないことに変わりはないんですがね。  ただこの二人。  飛頭蛮としての誇りは人一倍…いや、飛頭蛮一倍強く持ってているらしく、この新しい明治の世の中にどう近代的な飛頭蛮であろうかと、抜けるばかりか、少しばかり〝抜けてもいる〟頭で考えているようでございます。 「おい、熊公。ご維新(いっしん)で徳川様の世も終わり、この日本国も早く異国に追いつけ追い越せってんで、世間じゃ文明開化の大騒ぎだ。俺達もあちらのバンパイーヤとかいうお仲間みてえに粋に振舞わねえといけねえな」 「なんだい八っつぁん、そのバンパイーヤとかいうのは?」 「なんだ熊、おめえ知らねえのか? まったくおめえは世の中のことに関しちゃとんと疎えなあ。どうせ新聞も取ってねえんだろ。ええ? これからは新聞くれえ読まなきゃいけねえよ。ま、しょうがねえ。教えてやらあ。あのな、バンパイーヤってのはな、和蘭陀(オランダ)や仏蘭西(フランス)よりも、もっと欧州の奥の方の国にいる俺達のお仲間のことよ」 「へーそんな遠くにも俺達の仲間がいるのかい? 仲間って言うと、やっぱり首が抜けるのかい? それとも伸びる?」 「いいや、抜けも伸びもしねえよ。あちらのお国では舞踏会とかいう盆踊りみてえな祭を毎夜開くらしいからな。夜だからって、そん時に首が抜け出ちまったら大変だろう? だからよ、首が抜けねえようにってんで、いつも帯で縛りつけてんだ。ほら、おめえも異人が首になんか黒い紐巻いてんのみたことあんだろ?」 「黒い紐?」 「ほら、〝ねく帯(たい)〟とかいうあれよ。俺が思うに、ありゃあ、首が抜けねえための帯――即ち〝抜けぬ帯〟が訛ったんだな。ぬけぬたい……ぬけぬたい、ぬけんたい、ぬけたい、ぬくたい、ねくたい……って、ほらな?」
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