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…2017年8月某日…
女は鏡に向かって満足げに微笑んだ。
今までの中で最高に美しい、と秘かに自負した。
結婚式に着るウェディングドレスを試着中だった。
来春、優一の妻になるのだ。
その夜、優一から着信が入る。
携帯越しに響いたのは女の声。
優一の妻と名乗る者だった。
調べたら、それは事実だった。
女は味噌汁に毒を盛り
優一の遺体をバラバラにしてゴミ箱に捨てた。
すぐに警察に捕まった女は、
恍惚とした笑みを浮かべていた。
「うっ、あ…あ…あ、な…た、な…ぜ…」
うつ伏せに倒れた女は呻き声をあげ、紅に染まった白魚の右手を、男に伸ばす。
女は既に袈裟切りにされ、畳を血の海に染める。
空色の着物が黒く染まり濡れそぼる。
「伽耶(かや)悪く思うなよ。お前は
誰もが認める『妻の鑑』であろう?
夫であるワシ紀一郎と新妻類の為に
死んでくれ」
と言うと、男は右手にしていた血塗れの刀を、
追い縋ろうとする女の背中に大きく振り下ろした。
「ぎゃあっーーーー!」
血飛沫が飛び散る。
女は断末魔の叫び声を上げ、息絶えた。
江戸時代初期。
伽耶は見目麗しく、知性と教養に溢れ奥床しいと
評判の武家の娘だった。両親が決めた許嫁は、
橘家武家屋敷当主紀一郎。
紀一郎は放蕩の限りを尽くしたが、
伽耶はひたすら尽くし続けた。
紀一郎の家柄目当てに近づく類という女がいた。
若く美しい類に瞬く間に溺れた紀一郎は、
類に唆され妻を亡き者にした。
盗賊に惨殺された事にして。
伽耶には唯一、秘かな趣味があった。
夫が気紛れに買ってよこしたべっ甲の手鏡だ。
白百合が描かれた見事な物だ。
それを見て顔のお手入れや化粧をする事が
好きだった。
伽耶は死の間際、悔しさと無念さを
懐に入れていた手鏡に託した。
…無邪気に幸せそうな女…許すまじ!
男には、滅びを…
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