君が墜落するイメージ

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 千早が来るまで、僕は屋上に来たことはなかったし、鍵がかかっていて入れないと思い込んでいた。初等部から大学まで一貫教育が行われるこの学園は、中等部と高等部が一つの校舎を使う。南の正門から東に高等部、西に中等部が位置し、南側の校庭を高等部が北側を中等部が使用する。サッカー、野球、テニス等、各部活はそれぞれ離れた場所に専用のグラウンドを持っている。僕がつい先日まで所属していた射撃部は、校舎の地下一階の屋内施設を利用していた。校舎の形は正門を向いてのコの字形で、屋上もだだっ広い。  鍵がかかっていないと、たまり場になりそうなものなのに、そこに来たことがある者はほぼいないはずだ。そのぐらい存在感はない。千早は教室ではなく屋上にいることも多かったので、不在時にはまずそこを探してみるのは僕の日課になっていた。 「千早」  名前を呼ぶと首を傾けてこちらを見る。 「パン買って来た」 「わーありがとー」  飛び起きて嬉しそうに笑いパンを受け取る。片瀬千早はいつも腹をすかせている。好みは甘い味のパンだ。あまり食べたことがないらしい。以前に尋ねたことがある。家が厳しくて炭水化物や糖質の摂取が禁じられているのか、と。 『いや、オレの世界には、こういう柔らかくて甘いものは少なくて』  僕はヤキソバパンを食べながら、嬉しそうに頬張る千早を眺める。すると彼のワイシャツの袖に赤い染みを見つけた。 「ちょっと貸して」  手首をとって引き寄せ、捲くりあげると打撲跡と切り傷があった。カバンから消毒薬と包帯を取り出すと黙って塗布していく。 「他は?」と尋ねると、「今日はそこだけ」と屈託なく答える。片瀬千早はいつもどこか怪我をしている。僕の手に負えないレベルの時もある。  家庭内で虐待でもされているんじゃないかとか、校外に悪い友達がいるのではないかとか、僕は尋ねてみるのだが、「いつものことだし」としか答えない。
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