君が墜落するイメージ

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 病院に連れていけば保険証がなくても治療してくれるし、代金も請求されない。医者は彼に何も尋ねないし、警察に通報されることもない。僕には想像もできない名家の御曹司で、周囲の大人たちが忖度して、家庭環境の問題に目を瞑っているとしか思えない。どんな時でも親切にされ、労わられた後、彼は無視される。 「今日はどうしたの?」  仕方なく理由を尋ねる。 「ちょっと大きめの戦闘があったからね」  片瀬千早は、時々おかしなことを言う。 「まったく嫌になっちゃうよね。食料の供給が止まると、すぐに小競り合いがはじまるんだよ」 『違う世界から来たんだよ』 って。  その話がはじまると僕はため息をつく。精神的な問題を抱えているのかもしれない。しかしこう頻繁にどこか怪我をしているのは、やはり話したくない事情があるせいだと考えるべきだ。そうすると、僕は何も言えなくなってしまう。  包帯を巻いてやりながら、もくもくとパンを食べ続ける千早を見下ろす。口の端からポロポロと食べカスがこぼれる。 「お茶も飲みなよ」 「はんがふ」  千早の大きな目は常に少し潤んでいる。目頭から目じりにかけて二重の幅が次第に大きく広がってゆき、下瞼がわずかに下がっている。量の多い上睫は真っ直ぐに目の際に向かって伸び、下睫は少し持ち上げられて上向きに生える。いつも眠たそうに見えるのはその瞳のせいだと思う。美しく整った鼻、柔らかい唇に小さめの口。顎や首は細く、耳はおそらく同じ年頃の誰よりも小さい。そして特徴的な灰色の髪は細く柔らかい。時々はねてはねているのは寝癖だ。全体に華奢なのに身体は筋肉質で鍛えられている。童顔だが落ち着きがあるせいか、大人びて見える。相反する要素が混在するのも惹きつけられる理由だ。  ペットボトルを手にとってお茶を飲む。僕はごくごくと動く千早の喉仏を見ていた。 「夢なんだよね。この世界全部」
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