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片瀬千早の身体のパーツの中でも突出して美しいのはその指先だと思う。細くて長くてしなやかでピンク色の爪をしている。今日は少し伸びているから、後で切ってやらなければならない。
「辿り着くのが、ここじゃないときもあるし、ここのこともある」
僕はヤキソバパンを食べながら「へー」と相槌を打つ。
「でもここにはずっといたいと思うよ」
この話が始まると、僕は彼の外見を眺めることぐらいしかすることがない。不意に僕の目をじっと覗き込む。
「あっちが夢なら、良かったのに」
上目遣いになると魅惑的な三白眼が強調される。でも僕は騙されない。
だってお前、ただのゲイじゃん。
じゃなきゃ、僕がこんな気分になるはずないじゃん。
そう思って逸らした目の端でまた追うと、千早は薄く笑う。きれいな唇の端が少し上がって、誘うように開かれる。僕は吸い寄せられるように唇を重ねる。甘ったるいあんこの匂いがする。
まったく嫌になる。本当に辛い。
家庭に複雑な事情がありそうな、めちゃくちゃ好みの顔してるゲイが、何で僕の後ろの席にきてしまったのだろう。最悪だ。ここから早くどこか別の場所に逃げ出したい。
いや、それよりも片瀬千早が早くいなくなればいいのに。本当の世界とやらに、帰ってしまえばいいのに。
僕は片瀬千早のことが嫌いなのだ。
甘くて長い唾液の交換のあと、千早は思い出したように言った。
「そうだ」
口の端が濡れていたから、僕はまたキスをして、ついでに舐めてしまう。
「廉くん今日泊めてくれる」
そのつもりだったので頷く。どうせ爪も切らないといけないし。
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