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その日も一日、片瀬千早が一番後ろの席で図書室から借りてきた授業とは何の関係もない本を読みふけっていたが、どの先生から注意を受けることもなかった。
僕は千早の家庭の事情について思いを巡らせる。
ここまで連帯した強い忖度が働くのはどんな組織の大物なのだろう。一応片瀬千早の名前で検索してみたりもしたけれど、あやしいサイトの一つも引っかからなかった。
帰りに軽く買い物をして、サラダとスープとパスタを作る。ついでにコーンパンを添える。僕はバケットの方が好きなのだが、千早がモチモチしていて柔らかいのを好むので仕方がない。僕の飼い猫は、千早が来ると常にその傍にいる。千早によじ登り、肩や膝の上にしがみつくように寄り添う。食事が済むと千早の後でシャワーを浴びて自室へ戻る。
母親は今夜も帰らないだろう。いつもの事なので気にはならない。
部屋の中では千早がパンツ一枚でベッドに横になっている。猫は彼の首の脇で丸まっていた。
「パジャマも出しといたはずだけど」
「どうせ脱ぐんだからいいでしょ」
雰囲気とかデリカシーがゼロなのだ。とりあえず手を引っ張って起き上がらせ、ダストボックスを引き寄せて言う。
「手」
なぜか掌を出す。
「手相占いかよ。爪だよ」
「ああ」
浮き上がった骨まできれいな手の甲を片方ずつ取って丁寧に爪を切っていく。
「廉くん。オレそれ、自分でできると思うよ」
無視して続ける。
「オレの世界ではナイフかハサミ使うけど」
「萎えるからそっちの世界の話はしないでくれる?」
パチンパチンと余分なものを落としてゆき、爪をやすりで磨く。
「廉くん、どうせ汚れるし」
「あんた手タレになれるよ」
きめ細かな手の甲にハンドクリームを塗って口付け、指先を舐める。
「廉くん」
「何だよ、うるさいな」
「早くして。ムラムラしちゃう」
上目で見つめる千早と目が合う。誘うように微笑む。僕がベッドに上がると、自らゆっくり仰向けに倒れる。すると眠っていた猫がのろのろと起き上がり、ベッドを降りて部屋の隅へ行ってしまう。彼はとても気が利くのだ。
千早の髪はまだ濡れていた。ドライヤーで乾かそうと思っているのに、いつも挑発に負けて忘れてしまう。
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