伸ばされた腕

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 寝室の扉を開けると、あまりの汚れ具合にずしりと体が重くなる。シーツは乱れ、枕は床に投げ出されて、まるで嵐が通り過ぎたかのようである。嘆息し、ベッドの端に腰掛けると、妙なものに気がついた。乱れた毛布の隙間から、すうと伸びている。白く、瑞々しい、蝋のような色の――……。  不意に目の前がぐらりと傾いだ。頭が随分と重かった。ずくずくと響く重みに耐えきれず、とさりとベッドに倒れ込む。乱れた毛布の隙間に、誰かがいた。とろりと濁った目が、こちらをぼんやりと見つめていた。明らかに生きてはいない、光を奪われた目であった。悲鳴を上げようとしても、声が出ない。起きあがろうとしても力が入らない。体の熱が奪われていく。  頭上で声が聞こえた。叫ぶような悲痛な響きであった。  ――あなたのせいよ……!  自由にならない目を何とか動かして、声の主を見上げると、白く広々とした雪原があった。いいや、あれは妻の腕だ。そこにぽつぽつと赤が散っている。腕が振り下ろされる。ごつり、と音がする。毛布から伸びた、白い腕に、同じ赤の模様が散った。    コインロッカーから腕が生えていた。白く瑞々しい、蝋のような色をした、女性のものであった。瞬きをすると、すうと消えてしまう。幻覚だったのだろうか。随分とリアルな幻覚だ。ああいう腕を持った女は、夜の方も具合がいい。  帰ったら、久々に妻を抱いてやろうか。最近とんとご無沙汰だ。たまには構ってやらないと、機嫌を悪くするだろう……。
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