追想

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追想

小さな頃、絵を描くのが好きだった。 とりわけ、ゲームのキャラクターを描くことには時間を忘れた。家では、裏面が白紙のチラシがあればすべて僕の餌食になっていたし、小学校の休み時間には、ドッジボールもいいけれど、どちらかと言えば自由帳と色鉛筆を広げている時間のほうが多かった。かと言って、教室の隅でなんだかじめじめとしていたタイプというわけでもなく、僕の周りには常にファンがいた。クラスメイトはもちろん、隣のクラスの人や、時には先生がいたこともあったと思う。机を囲むみんなからの、上手いねえ、次はあれ描いて、次はこれ、といったリクエストすべてに柔軟に応えた。と言っても、何も見ずに描けるキャラクターなんてほとんどいなかったから、即興で適当にごまかしたり、ふざけたり、アレンジしたり……それがウケたのだった。僕は人気者だった。加えて当時はそこそこ運動もできたし、勉強は一番だったし……。 そう、僕は勉強ができた。学年でただ一人、田舎から都内の名門中学に進学した。そこには僕のファンこそいなかったけれど、優秀な仲間たちがいた。勉強に部活に、文化祭、体育祭……そこに恋愛は残念ながら無かったけれど、割りと充実した中高生活を送っていたと思う。 その日々から絵が抜け落ちていたこと、そして僕がまったく絵を描けなくなっていたことに気付いたのは、大学二年の夏、二十歳の誕生日を迎えた頃だった。
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