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私は笑って彼を見上げているはずだった。泣きそうな顔だなんて、そんな自覚はない。
「何言ってるの? 大丈夫だよ、私。顔が疲れてるのも病気のせいなんだし」
私は過労と伝えられたことは言わなかった。言ったら、自分で自分を〝かわいそう〟だと認めてしまいそうだからだ。
「ちゃんと捌け口あるの?」
「だから、ホントに大丈夫だって」
私は、胸の中でお薬曲を流した。いくつものことが、どれもそれぞれほんの少しずつうまくいかないだけだ。ひとつひとつは、たいして大きな問題じゃない。大したことじゃない。……涙なんて、出ない。
「何か欲しいものある?」
笑顔でずっと甲斐くんを見返していると、甲斐くんが小さく息をついて尋ねてきた。
「欲しいもの……」
「なんでもいいから」
「音楽……かなぁ」
「音楽? なんの?」
そう言われて、私はさっきから頭の中で繰り返しているおばあちゃんのお薬曲を鼻歌で歌った。甲斐くんは、「あぁ……」と斜め上を見て、
「知ってるかも」
と言った。
「知ってる? これ、なんて曲? 私の大切な曲なんだけど」
「曲名までは覚えてないけど。ていうか、大切な曲なんだったら、なんで覚えてないの?」
「それ、道孝にも言われた」
そう言った私は今、自然に笑うことができた。だから、大丈夫だ。私は大丈夫。
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