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2学期に入り、倫が倒れた。 自分の気持ちを持て余していた俺は、体育の時間に聞こえた女子の声に、体が一瞬で冷えた。真っ青なその顔が見えた時には、もう走り寄って抱えていた。真智の顔も、その他の周りの女子の顔も、どうでもよかった。 倫、と何度もその名前を呼んで、意識があるかを確かめながら保健室へ向かった。俺の腕の中で上を向いているせいで前髪が全開になり、その色味の乏しい顔を見て、道孝と最後に会った時を思い出した。 おおげさだと思って自分を落ち着かせようとするけれど、それに反して心拍は忙しなくなっていく。 「道孝……」   校舎の手前まで来た時、倫がか細い声でそう言った。その声に俺は立ち止まり、ゆっくり彼女の顔を見た。カサカサになっている唇が少しだけ開いて、目も細く開いている。笑っているように見えたのは、気のせいだと分かっていた。   けれども、俺は言いようのない感情に絶望した。倫が、苦しくてたまらないとき、俺が抱きかかえているときでさえも、呼ぶ名前は「道孝」なのだ。その事実に、想像以上に打ちのめされる。濁った気持ちが、行き場をなくして体の中で爆発しそうだった。 「……ハハ。いつも甲斐くんに助けられてる気がする」   病室でそう言って微笑んだ倫。その顔は、まるで泣いているようにも見えた。   感情が粘度を持って複雑に絡まっていく。 その10日後の体育祭の日、俺は体育館で倫にキスをした。
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