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「甲斐くんと……キスした」
「…………」
「道孝と会って話をしようとしたら、甲斐くんが来た」
「…………」
「道孝と続けてたはずのメール……甲斐くんが代わりにやってた」
言葉にしたら、とても端的だった。私は、まるで他人事のように説明した。犬が移動して、リードがベンチの脚に巻き付く。目の前を、初老の夫婦が通り過ぎていった。
「それで?」
「……それだけ」
「そう」
腕を組んだままの里平さんは、噴水を眺めたままで短くそう言っただけだった。風が吹いて、里平さんのきれいな黒髪が横に流れて浮き上がる。私も、顔にかかった自分の髪を耳に掛けた。
里平さんは、もしかしたら知ってたのかもしれないと思った。だって、私が里平さんといる時に限って、甲斐くんは私たちの間に割り込んできた。脅されて口止めでもされていたのだろうか。今となっては、もうどうでもいいけれど。
「理由は聞かなかったの? 敦義に」
里平さんはそう言って、物憂げに目を伏せた。長い睫毛が細かい影を作る。
「聞いてない」
「なんで?」
「聞きたくない。もう……なんか、話したくないし」
私は、どうでもいいことだと自己暗示をかけるように、ふっと笑った。もう、終わったことにしたかった。
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