アイロン

「………驚かさないで」

笑いながら彼女が立ち上がる。

その声が少し震えているのに、僕は気づかないふりをする。

最早何の拘束力も持たない僕のもとから、彼女がするりと離れていく。

もうすぐご飯出来るから、とキッチンに戻る彼女の背中を見送って、僕はテーブルの上のカップを手に取った。

僕のものでも彼女のものでもないそれは、何でもないカップとコーヒーであるというのに、何故かひどく重く、冷たく感じた。

僕は初めて、それを不快だと思った。