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§1
カフェの斜め向かいの席でコーヒーを飲んでいるその人物を厳原雅巳(いずはらまさみ)が気にする理由は、少なくとも三つあった。
第一に、若くていい男だ。年齢は二十代後半だろうか。雅巳より四、五歳下だろう。座っていてもわかるすらりとした長身。髪は真っ黒な短髪。広い額の下、切れ長の目と凛々しい眉が目立つ。「サムライ顔」だな、などと思う。
雅巳はゲイだ。メンクイだという自覚もある。これだけの男前がすぐ近くに座っていたら、どうしても目がいってしまう。
第二に、この男の顔には見覚えがあった。
このカフェは雅巳の勤めるデザイン事務所のすぐ近くだ。語学学校の看板などが出ているビルの一階にあり、職場から最寄駅への通り道に当たる。
ここの大きな窓の外の植込みの角に腰を下ろして電話をしている男を、仕事帰りに時折見かける。話の内容を立ち聞きするわけにはいかなかったが、どこか思い詰めたような憂い顔が魅力的だ、などと思っていたのだ。
その端正な顔を、こんな風に間近で見られるとは思ってもみなかった幸運だ。
第三に、男が今手にしている本だ。
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