§2

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 こんな露骨なナンパをしたのは久しぶりだ。  もっとも、本気で彼をどうこうしようと思っていたわけではない。さっきの電話の相手が慶介かもしれないという疑いを抱えて帰りたくなかっただけだ。  それほど警戒心の強いタイプではなさそうだ。「ドタキャンなんてひどいな。どんな奴だよ」なんて水を向ければ、あっさりと話をしてくれるかもしれない。あるいは、自分からこの本の編集者のことを話題にして反応を見るのでもいい。  とはいえ、実際に慶介の浮気相手が目の前のこの彼だという可能性は低いだろう。彼のさっきの電話も、彼女か友達か、とにかく親しい誰かとちょっと行き違いがあったと考えるのが自然だ。  それならそれで構わない。この感じのいい青年と一緒に飲みに行って、自分のイラストの感想を聞けたりしたら、仕事へのモチベーションもさぞ上がるだろう。「急な打ち合わせ」を口実に慶介にデートを断られた埋め合わせとしては、これ以上望めない案に思えた。
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