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「その本のイラストを描いたの、僕なんです」
つい、言わなくてもいいことを言ってしまった。
彼が不意を突かれたような顔でこちらを見る。雅巳より五センチ以上高いところにある知的な雰囲気の顔が、少しだけ幼い印象になる。
切れ長の目が大きく見開かれ、視線が雅巳の顔と手に持った本との間を往復する。口元が何かを言いたげに開かれたと思うと、すぐにきゅっと結ばれた。
「すみません」
絞り出すような、ほとんど悲痛なほどに響く謝罪の声に、雅巳は驚いた。
目の前の彼が、例の思い詰めたような顔で悄然と頭を下げる。
「すみません。普段、本を粗末にするようなことはしないんですが、今日は約束をすっぽかされて腹が立って、大事なことが頭から吹っ飛んじゃったみたいです」
そこまで言うと、本をしっかりと握りしめて顔を上げる。雅巳の顔を正面からじっと見つめる目つきは、怖いくらい真剣だ。
その視線に、わけもなくどきりとする。
「そんな叱られたみたいな顔で謝らないでください」
雅巳は努めて朗らかに言う。
「え」
「実際に自分の手がけた本を手に取ってくれている人を見たのは初めてだから、僕は素直に嬉しかったんです。とりわけ思い入れのある仕事だったし」
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