§2

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 それは本当だった。今回のこの仕事にはいつもにも増してプライドをもって臨んだ。  慶介は仕事には私情を持ち込まない。恋愛よりも仕事を優先するだけあって、その仕事ぶりは有能だ。  今回のプロジェクトはチームワークが鍵なので、気心の知れている事務所に頼みたかった、とは言っていたが、そもそもイラストレーターとしての雅巳の腕を買ってくれていなければ指名してこなかったはずだ。それが素直に信じられるくらいには、慶介の普段の仕事ぶりを知っている。そういう形で自分の実力を認めてもらえたことは素直に嬉しかった。  そんな想いが、余計なひとことを付け加えさせた。 「そうやって自分の手がけた本が迷子になるのは、なんだか不憫な気がしちゃって」  彼の頬がさっと紅潮した。 「本当に失礼しました。改めて、あなたが描いた絵を見ながら、最初からちゃんと読み返します。もう、絶対にどこかに置き忘れたりしません。ごめんなさい」  真摯な口調でそう言って、深々と頭を下げる。その様子を見て、雅巳は根拠もないまま確信した。  やはり、彼はこの本をわざと置いていったのだ。  もちろん、彼の本心が奈辺にあるか窺い知れるはずもない。だが、雅巳は不思議とこういう勘が働くたちだ。     
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