§3

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§3

 彼は、雅巳がカフェから戻るまで律儀に同じ場所で待っていた。 「お待たせ、行こうか」  その肘にさりげなく手を当てて、促すように歩き出す。  彼のすらりと伸びた脚が繰り出す歩幅は広い。だが、ゆったりとしたペースでごく自然に雅巳の歩く速度に合わせてくる。そのせいか、初対面にありがちなぎこちなさが少しも感じられない。雅巳は弾むような期待感と肩の力の抜けるような心地よさとを同時に感じていた。  深呼吸をするように空を仰ぐ。そろそろ夏の気配すら感じさせる五月の空は、まだ暮れ始めたばかりだ。そこに淡い色の月がうっすらと浮かんでいた。  好き嫌いはないというので、何度か行ったことのある近くのスペインバルに向かった。表に立ち飲み席も出ている、ごくカジュアルな雰囲気の店だ。店内のモニターで海外サッカーの試合の様子を流したりしているので、話題に困ったらスポーツ観戦の話など振ってみることもできるだろうと思ったのだが、結局、そんな心配は杞憂に終わった。  奥の二人掛けテーブルに腰を落ち着けてビールを注文すると、まずは互いに自己紹介となった。笑い合いながら、わざとかしこまった仕草で名刺交換などしてみる。     
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