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§2
背が高くて脚が長いから歩幅も大きいのか、彼はかなり歩くのが早かった。ようやく赤信号で追いついたときには、雅巳は軽く息を切らしていた。
「あの、失礼」
背後から控え目に声をかける。一拍間があってから、声をかけられたのが自分だと気付いたのか、彼は驚いたように振り向いた。
「俺ですか?」
「ええ。さっき、カフェに本をお忘れになったでしょう」
そう言って、手にした単行本を差し出す。
「え……本当だ、しまった。わざわざ追いかけてきてくださったんですか?」
「隣の席だったので、椅子に置きっぱなしだったのが目に入ったんですよ」
「うわあ、ありがとうございます。恐縮です」
頭を下げながら、雅巳から本を受け取る。だが、感謝の言葉の割にその表情はどこか浮かない。所在無げに手にした本をどうしたものかとためらっているかのようだ。
ひょっとして、彼はわざとこの本を置いて出ていったのかもしれない、という飛躍した想像が頭をよぎった。
電話の相手が来られないと知ったときの彼の落胆した表情を思い出す。喧嘩にでもなって、腹いせにその相手の本を置き去りにしたのだろうか。でも、本自体に罪はない。
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