歌と女

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雨月(うげつ)さん」 僕の問いに雨月(うげつ)さんは『ん?』とだけ声を発せられた。 僕は僕を見つめてくださっている雨月(うげつ)さんから目をそらし、そっと右手を前に差し出してみた。 何も・・・ない・・・。 「ここは・・・どこなんですか?」 僕は前に差し出していた右手をおずおずと引っ込め、また雨月(うげつ)さんへと目を向けた。 雨月(うげつ)さんは本当に本当に淡く微笑まれていた。 「『()(きし)』と『()(きし)』の狭間・・・とでも言っておこうか」 狭間・・・。 僕はそう心の内で呟いてシャツの下にある『(まも)(いし)』をまた握りしめていた。 こうしていると何だか落ち着く・・・。 護ってくれている・・・。 そう、思えるから・・・。 「・・・雨月(うげつ)さん。教えてください。先程の女性は一体、何なのですか? あの女性の回りにあったあの黒い煙のようなモノは? そして、僕が招かれたのはどうしてですか? あの女性は僕が・・・僕が・・・」 『僕が招いた』 そう言葉にし、そう口にすることが僕は怖かった。 僕の『招く力』は人では持ち得ない『力』だと教えられた。 じゃあ僕は人ではないのだろうか? じゃあ・・・僕は・・・何なのだろうか? 僕は・・・。 【バケモノ】 それは何度か紗江子(さえこ)さんに言われた言葉だった。 『バケモノ』は『モノノケ』。 字は確か・・・。 《物・の・怪》 黒いだけの空間の宙に赤い文字がフワリフワリと浮き上がった。 その赤い文字を生んだのは雨月(うげつ)さんの右手の人差し指だった。 「・・・心読(しんどく)・・・ですか?」 僕の質問に雨月(うげつ)さんは『ああ』と答えられてクスリと笑われた。 僕はまた、何か可笑しなことを言ってしまったのだろうか? なら、僕は雨月(うげつ)さんに謝らなければいけない。 悪いのはいつだって僕だ。 だから・・・。 「(せつ)よ」 雨月(うげつ)さんのその呼び掛けに僕の思考はまた遮られていた。
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