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歪み、揺れていた視界に見えた砂利に僕は手を着こうと空いている方の手を伸ばした。
けれど、その手が砂利に着かれることはなかった。
「おかえりなさい。雪。お疲れ様でした」
僕は十時さんの腕に支えられ転けることを免れていた。
「た、ただいまです。すみません。ありがとうございました」
僕はそう言って十時さんから離れて『えへへ』と笑っていた。
それを見て十時さんも僅かに微笑んでくださった。
そのことが僕は嬉しかった。
「いえ。・・・おや? その花瓶と本は?」
十時さんは僕が手にしている花瓶と本に気付かれるとそう言われてそれらをじっと見つめられた。
「あ。花瓶なんですが十時さんにとお預かりしました。『目のお礼はまた』とも言われていましたよ!」
僕はそう言って十時さんにその茶色の細い花瓶を両手で差し出した。
けれど、それがいけなかった。
僕の手は小さい上に僕の左手の指はうまく曲がらないことが多い。
僕は本も手にしていたから花瓶を滑らせてしまった。
花瓶が僕の手から落ちる・・・。
落ちれば花瓶は割れる・・・。
花瓶が割れたら十時さんは・・・。
僕はぎゅっと目を閉じて身体を強張らせた。
・・・あれ?
僕はいつまで経っても聞こえてこないその崩壊の音を不思議に思いつつ、そろそろと目を開けた。
「大丈夫。ちゃんと受け取りましたよ?」
十時さんのその穏やかな口調と同時に僕の目の前に差し出された茶色の細い花瓶は綺麗な形のままだった。
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