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「お使いに・・・行って来てはくれませんか?」
お使い?
僕は小首を傾げ、柄杓を空になった手桶の中に突っ込み、玄関の入り口に立っておられる十時さんの元に小走りに駆け寄った。
「届けて欲しいモノがあるのです」
十時さんはそうおっしゃられるとご自宅の立派な木の門の方へと視線を向けられていた。
「今日はお客様がお見えになられるはずだから僕はここに居ないといけない。そのお客様をお出迎えするために・・・。だから、お使い・・・お願いしてもいいですか?」
十時さんのそのお言葉に僕は笑んで『はい!』とお答えし、背の高い十時さんを仰ぐように見つめ見ていた。
僕が見つめ見た十時さんは今日も淡く笑んでいた。
僕が『彼の岸』に迷い込んで帰ってきてから十時さんはよく笑ってくださるようになった。
その他にも十時さんには小さな変化があった。
ううん。
その変化はきっと十時さんにだけじゃない。
その小さな変化は僕にもあった。
僕と十時さんの距離は近くなった。
それはどう近くなったのかと問われれば『ここ!』とははっきりと言えない本当に小さな変化で難しいけれど、確かにその変化はあった。
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