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「あの・・・十時さん?」
僕は母屋へと向かわれている十時さんのお背中を追いつつ、そう十時さんのお背中にお声をお掛けした。
それに十時さんは『うん?』と声を漏らされるとわざわざ立ち止まって後ろの僕を振り返ってくれた。
「母屋に・・・ご用ですか?」
家主の十時さんにそんなことをお訊ねするのはおかしなことなのに僕はそうお訊ねせずにはいられなかった。
『小腹が空いたから何か用意してくれたら嬉しいな』
十時さんは確かに先ほどそうおっしゃられたけれど、いつもの十時さんなら母屋に向かわれずに真っ直ぐに離れへと向かわれる。
今日は母屋に何か変わったご用でもあるのかしら?
僕はそんなことを思いつつ、十時さんの手元へと目を向けた。
あ・・・。
「ひょっとして・・・花瓶を母屋へ?」
僕の問いに十時さんは微笑み『ええ』と声を漏らされた。
「それなら僕が・・・」
僕はそこで言葉を呑み込んだ。
『さっきみたいに落としそうになったら・・・どうするの?』
もう一人の僕が僕に訊ねた。
『次は落として割っちゃうかもよ? そしたらいくら十時さんだって・・・』
僕は下唇を噛みしめ、手にしていた本を胸の前でぎゅっと抱きしめた。
僕は・・・役立たずだ・・・。
「・・・雪の部屋にこれを置こうと思ったのです」
え?
僕の・・・お部屋に?
僕はそろそろと十時さんを見つめ見た。
十時さんは手にした茶色の細い花瓶をじっと見つめられていた。
「あの部屋に限らないけれど、何もないでしょう? だから雪が寂しいかと思って」
十時さんのそのお言葉に僕は何度も瞬きを繰り返した。
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