知らぬが仏

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 女も三十路を過ぎると、集まって色恋の話に花を咲かせるよりも、もっと実用的な会話に興じるもので。    その日も我々は、『買って失敗した物』について盛り上がっていた。本格的な重すぎる中華鍋、効果のほどが全く分からない高価な美顔器、『置き場所をとらない』の謳い文句は嘘八百だった室内トレーニングマシン、などなど。    その中でM子は、 「珪藻土のバスマットだね」 と、答えた。    吸水性と速乾性に優れた、珪藻土で造られたバスマット。薄い石のような形状はバスマットとしては斬新なビジュアルだが、従来の布製品のようにすぐ湿ったりもせず、カビが生える心配も洗濯の必要もないため利用者の評判も上々で、『失敗した物』だとは到底思えなかったのだが。 「確かに、バスマットとしては最高なんだけどさ」    M子の話はこうだ。ある日の事、お風呂から出て脱衣所で髪を乾かしていると、お風呂場への入口に置いてあった珪藻土のバスマットにふと目が留まった。既に、M子が使った際の足跡はすっきりキレイに乾いている。  が、そのサラサラな石製バスマットの表面に、M子の目の前で、ひとつ、ふたつ、すーっと一組の足跡が浮かび上がった。     M子より、遥かに大きい足跡。男性のものだろうか? だがM子は独身のひとり暮らしだ。そして何より、足跡の主の姿が見えないのは何故だ。  固まるM子の前で、足跡はそのまま薄くなり、やがて消えた。    更に数日後には、またM子の見ている前で、小さな子どもと思われる足跡と手形が、バスマットにペタペタペタペタと浮かんでは、すーっと消えていった。声も聞こえず、姿も見えないままに。 「S美がウチに泊りに来た時の事、覚えてる?」   S美とは私とM子の共通の友人で、霊感が強いと仲間内でも評判の子だ。S美は、M子の部屋に入るなりひとこと 「……M子、よくこんな部屋住めるね」 と、眉を潜めたのをよく覚えている。 「M子がああは言っても、私は何にも感じないんだから全く平気だったんだけど、あのバスマット買っちゃったせいで、やっぱり『いる』んだなぁって気付いちゃって、もう最悪よ」    M子は大きくため息をついた。    M子のアパートの裏手には、都内でも有名な心霊スポットの霊園が広がっている。
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