夜の読経

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叔父が、十年以上前に体験した話。 独身の叔父は当時、毎晩決まった時間に仏壇の前でお経を唱えることを日課にしていた。 その日も、いつもと同じように仏壇の前へ座布団を敷き目を瞑ると、両手を合わせて般若心経を唱え始めた。 暫くの間、静かな部屋の中には自分の声だけが響いていたのだが、不意に誰かが家の中を歩く足音が聞こえたような気がして、叔父はお経に集中していた意識を中断させ周囲に耳をすませた。 台所の他には二部屋しかない、狭い平屋の家。 誰かが訪ねてきたのなら気がつかないわけはないし、何より戸締りを済ませているため勝手に人が入ってなどこれない。 それなのにも関わらず――。 “――いる。すぐ近くに、誰かの気配がする” 自分の声に紛れて、畳の上を移動する音が間違いなく聞こえている。 不気味に思いながら、叔父はうっすらと閉じていた瞼を開き、そっと肩越しに背後を振り向いた。
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