小さな唇

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「そんなの一言で決められることじゃないよ。受け止め方は、人それぞれだ。たいしたことじゃないと割り切れる人もいれば、そうじゃない人もいる。凛夜はたいしたことじゃないというけれど、俺の目にはそうじゃないように見えるよ。誰かに許されなければ生きられない人なんていない。凛夜は自分のために生きていいんだ。君はすぐ、自分の気持ちがあることから目をそらしてしまうけど、自分にうそをつく必要なんてない」  戸惑いながら、凛夜は戸島のことを見上げた。 「凛夜俺は、凛夜に身売りなんかして欲しくない。誰とも知れぬ奴に、軽々しく凛夜の体に触れて欲しくない。凛夜がその人の心を受け入れて、そうさせるのなら何も言わないけれど。そうじゃなければ君の心は、きっと傷つく。だからやめておくんだ。凛夜」 「そんなわけにはいかない。僕は……」  弱弱しく拒否する凛夜をを見下ろし、戸島は自分の無力さに泣きたくなった。 「ヨハンの代わりに俺が、凛夜に新しい魔法をかけられたらいいのに。そうできたら、こんな寒い日の縁側に君を一人座らせて、さみしい思いをさせなくてすむのに。君がどれほど価値のある人間か、教えてあげられるのに。俺は毎日、凛夜のことが気になって仕方がない。凛夜の言葉の一つ一つが、俺の気持ちを大きく動かす。俺にとって凛夜が、どれほど大切で特別かわかって欲しい」  こらえきれなくなった凛夜は、大きく顔をそむけた。 「そんなことを言って、あなたもうそをつくんだ。僕を見捨てて行ってしまうんだ。戸島さん。僕に変な期待を持たせないで。これ以上、苦しめないでください」  凛夜は両手で顔を覆い、小さく首を横に振った。 「凛夜」  戸島はたまらず手を伸ばして、凛夜の今にも折れてしまいそうな細い体を抱引き寄せた。激しく抱きしめて、強引に唇を重ねる。  触れ合った唇越しに、自分の中にある全ての想いを、熱を、凛夜の中に注ぎこんで、凍りついた心の奥まで温められたらいいのに。戸島は夢中で、凛夜の唇をむさぼる。 いつにない荒々しさに、凛夜は抗うこともできない。 「俺を見てくれ」  唇を解放した戸島は、凛夜をみつめたまま切なく訴えた。 「俺の言葉を信じてくれ」  凛夜の肩に顔をうずめて強く抱きしめる。
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