錠屋の凛夜

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 昼間の客が帰り、夜店まではまだ間がある。  戸島が錠屋を訪れたのはそんな時間帯だった。  太陽の光の元では、何でも健康的に見えてしまう。夜の中に漂う華やかで妖しい雰囲気は影をひそめている。  入り口で凛夜を見舞いに来たことを告げると、台の上に座っていた若衆が、立ち上がって奥に消えていった。 「戸島様こちらに」  おかみが姿を現し、先に立って歩き出した。  ヘンドリックは上客なのだろう。代理の戸島に対しても慇懃な物腰だ。  夜の開店準備で、店の中はあわただしい。 「おかあさん。あたしの珊瑚の帯止め知らない? 次会うときははめていくって約束したのに見当たらないの」  帯を片手に小袖の前をだらしなくあけた少年が、泣きそうな顔でうろうろしている。 「紫。あんたなんてかっこうしてるんだい」  おかみはギョッとして怒鳴りつけた。  紫はおかみの隣にいる戸島に気がつくと、あわてて前を押さえて頭を下げた。 「すみませんね。行儀が悪くって」  眉間にしわを寄せて首を振ったおかみは、歩き去っていく紫の後ろ姿を呆然と眺めている戸島に気がつき、苦笑混じりに謝った。  月の光の中迷いこんだ店の裏手の建物は、二階建ての木造家屋で戸島も昔から見慣れているつくりだ。華やかさはなく、いたって普通の家という感じで、おしろいの匂いや香の匂いがたちこめていなければ、茶屋の一角にいることを忘れてしまいそうだ。 「むさくるしいところですみませんね。凛夜なんですけど、いちお起きられるようにはなったんですが、まだ足元がふらつくようで」  おかみはそう言いながら、建物の中に入った。  少年たちが夜店に出るために、化粧をしたり乱れた髪を整えたりしている。中にはまだくつろいでいるものもいて、生活感にあふれていた。  廊下をぐるりと歩いて建物の裏側に出ると、急にあたりは静かになった。 「少しお待ちください」  おかみは戸島をおしとどめ、ふすまに向かって声をかけた。 「凛夜」  ふすまを開けて中に入っていく。  かすかに言葉を交わす声が聞こえ、再びふすまが開くと、おかみが姿を現した。
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