恋を知らなかった

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 無気力状態が続き、暫くは部屋に引き籠もっていたが、ある日思い立ったように立ち上がり財布を持つとコートを着込み、外に出た。  外は寒く雪が降っていた。  まだ足跡が無い道を踏みつける。只管無心で歩き店に入ると買い物をして家に帰った。  自分の部屋に入ると購入した物を取り出す。猫缶とロープだ。  まず猫缶を開けて外に出て、庭に缶を置いた。  今はもうこの世に居ない彼がやったように、野良猫に餌付けをしたかった。  しかし、猫は現れなかった。  自分の部屋に戻ると辺りを見回す。  クローゼットを開けると掛かっている服をカーテンを開ける様に左右に退けて、現れたハンガーポールを見つめた。  亜玖留の身長より少し高いくらいにあるその棒を掴んで呟いた。 「これじゃ低いかな?」  そしてまたコートを着込むと買った時の袋にロープを入れて外に出た。  先ほどよりも雪が激しく降っている。  庭を見ると猫缶は烏に啄まれていた。  その烏を亜玖留を無表情で見つめた。  そして無表情のまま、彷徨うように只管無心で歩き続けた。  人気の無い公園に辿りつくと、辺りを見回す。そしてある木を見つける。  倒れていたゴミ箱を持ち上げると見つけた木の近くに置き、踏み台にして登った。  そして枝にロープを結ぶ。ロープの先は輪になっている。  絞首紐だ。  彼が死刑にあった時のように、亜玖留もロープを首にかけた。  彼の死刑執行の時を想像しながら、踏み台のゴミ箱を蹴った。  首に体重がかかった。
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