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彼はもうこの世に居ない。
天国にも居ない。
地獄に居る。
だから亜玖留も地獄に逢いに行きたかった。
木が軋む。
「……っ!」
宙を何度も蹴る。
想像以上の苦しみの中走馬灯をみた。
まだ幼稚園だった頃。優しかった先生。母親と待つ園バス。園庭のトマト、向日葵、よく遊んだ砂場。
小学生の頃、勉強は嫌いだったけど体育の授業は楽しかった。
友達と走ったグラウンド。運動会もした。夏は夕方まで近くの山で遊んだ。帰ったら夕食の匂いがして、父が居て母が居て兄も居た。喧嘩もしたけど沢山友達と遊んだ。
本当に平凡で、何気ない日常。だけど────幸せだった。
家族と水族館や動物園も行った。
動物園で熊も見た。
────?
消えそうな意識の中、何かが引っ掛かった。
動物園で熊を見て亜玖留は泣き叫んだ。
亜玖留は思い出した。
家の近くに山がある為、よく熊が出没した。
亜玖留は昔、里に下りた熊と遭遇した事があった。
すぐに近くに車が通り、車に驚いて熊は逃げて行った。
奇跡的に命は助かったが熊には襲われてその時に右腕を怪我をした。
命の危機を感じ激しい恐怖に陥った。
動物園で熊を見た時はその時の恐怖がフラッシュバックして泣き叫んだ。
その後高熱で寝込み、目が覚めると熊との遭遇の記憶は無くなっていた。
そして今、思い出した。
彼の風貌は、どことなく熊に似ていた。
特に彼の、カメラを睨む野性的な目があの時の熊と重なった。
また、殺人者というのが、あの時亜玖留の命の危機に晒した熊と無意識のうちに重ねてしまった。
だから心の奥底の記憶が反応して、鼓動が高鳴った。
其れを恋と勘違いした。
勘違いしていると本当に恋に落ちた。
自ら暗示に掛かるように、恋を否定した心が却って恋と思わせた。
吊り橋効果という物を思い出した。
恐怖のドキドキを恋のドキドキと間違えるってやつだ。
亜玖留は涙した。
自分の愚かさに涙した。
殺人者に恋をしたと勘違いをして、本当に恋をしてしまい、彼を追って地獄に行こうと首つりをした自分を呪いながら────意識が飛んだ。
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