恋を知らなかった

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 亜玖留はその回答を読んで、殺人者の男の事を再び考えた。  むさ苦しいあの男。もし、逢えるとしたら──逢ってみたい。手を繋ぐのも、口吻も、考えても嫌悪感が無い。むしろそれを望んでしまう自分に亜玖留は驚いた。  逢いたいし抱き締められたい。手を繋いで歩きたいしキスもしたい。  でも、叶わない想い。  同じく想いは叶わないだろう俳優に夢中の明莉も、オタクだと馬鹿にされている二次元に夢中の美咲さえも、亜玖留には眩しく羨ましかった。  暫くはニュースでは例の殺人が特集され、テレビに映る度に亜玖留の胸をときめかせた。  しかし、ごく普通の中学生の亜玖留には、男の為に出来る事は無い。  減刑の嘆願書を集めるなんて行動も世間の目を気にして出来ないし、面会に行く方法も知らない。  男の家が荒らされ窓が割られ、壁に『殺人者!』『地獄に堕ちろ』と落書きされてるのが映った。  殺人者への憎しみを持った誰かがやったのだろう。  例え相手が殺人者でも、家を荒らしたり壁に落書きする行為は許されない。  被害者の恨みだと言って罪悪感無く、寧ろ歪んだ正義感からやる者も居るが、其れは犯罪者を相手ということで無理に肯定したただの憂さ晴らしだ。  被害者自体、加害者の家に落書きされても喜んだりなんかしない。  事件を思い出させて悲しませるだけだ。  殺人者の家を荒らした誰かと殺人者に恋をした亜玖留。どちらが正常か。    どちらが世間から許されるか。  そんなことに答など無い。  次第に男の事より別なシュールなニュースが流れるようになり、注目されなくなり、世間から忘れられるようになった。  ただ、三人も殺害した男は死刑が言い渡された。
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