瞬間、世界が割れて

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   一瞬にして冷たい空気が辺りを包み込み、視界は何の前触れも無く、白い霧に覆われた。  思わずむせそうになるくらいの、濃い水分を含んだ空気が体にまとわりつく。足元に、頭の上に、触れられそうなくらいの白い塊が流れては、その他の雲に吸収されていく。 「ああ、ガスっちゃった」  そう言う青年は、すぐそこに座っているはずなのに、雲のせいで顔が見えない。かろうじてぼんやりとその輪郭が感じられるのみだ。  不意に、体の底からじわじわと不安感が湧き出てくるのを感じた。  別に、この青年に霧に紛れて襲われるかもとか、そんなことではない。それは出口の無い迷路に迷い込んでしまったような、片道切符だけを買って見知らぬ電車に乗り込んでしまったような、形容しがたい感覚だった。  空気に慣れるまで、そして心が落ち着くまで、私は警戒するようにじっとしていた。  しばらくして、青年が小さく笑う声が聞こえた。 「……ふふ、本当に奇遇ですよね。実は僕、山頂に立つ貴方が、親父と同じ目をしてるなあって思って話しかけたんです」  私はその言葉を聞いて、なんと返せばいいのか分からなかった。  ……新手の口説き文句なのだろうか。人の目を見て、デザイナーかどうかなんて分かるわけがない。  幸いにも、私が訝しんでいる表情は、雲に隠れて向こうからは見えていないだろう。私は手元に残る珈琲の水面を見つめる。  年下、は、嫌だな……と思った。 〝そうじゃないんだよ。なんで分かんないかな〟  不意に、右手の甲が疼いた。  これ以上、この話題を続けるのは、よくない。 「大変ですよね、デザイナーとかIT系は夜遅くまで働くことが多いから」 「……はい」 「親父もそうでした。いつも帰りは二十四時を回っていて。親父は小さい頃から絵を描くのが好きだったらしく、僕が生まれてからは毎日一緒に絵を描いて遊んでくれたものでした。が、制作会社を辞める直前の時期はもう、毎日疲れ切った様子で……いつか、過労で倒れてしまうんじゃないかなと思っていました」  
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