瞬間、世界が割れて

11/11
前へ
/11ページ
次へ
   私は反論する余地も無く、言葉を失った。  ……見透かされていたのか。  私は頂上からの景色を再度、見返した。  これを人生の最期の景色とするつもりだった、その情景を見つめる。  毎年来ていたこの山。また来年も来ることがあるのだろうか。 「……行きましょうか。ここ、滑りますよ」  彼が手を差し出した。  私はどきりとしたが、そっとその手を握る。  登山用の厚いグローブ越しにではあるが、あの日叩かれ傷付いたその右手は、今暖かく包み込まれ、癒されていくのを感じた。 「年下も悪くないなあって、思ってません?」  からかうように、彼が私を振り向いた。私は眉根を寄せて、それに答える。 「……思ってません。あの、私ちゃんと一人で下山しますから、気を使わなくていいですよ」 「別に、気は使ってないですよ。親父の喫茶店、寄っていきませんか? 下山後の珈琲もまた、格別ですから」  彼はそう言って、笑った。  私は赤らんでいるであろう顔を隠すように、ひたすら足元の岩に注視しながら歩を進めた。  
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加