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私は反論する余地も無く、言葉を失った。
……見透かされていたのか。
私は頂上からの景色を再度、見返した。
これを人生の最期の景色とするつもりだった、その情景を見つめる。
毎年来ていたこの山。また来年も来ることがあるのだろうか。
「……行きましょうか。ここ、滑りますよ」
彼が手を差し出した。
私はどきりとしたが、そっとその手を握る。
登山用の厚いグローブ越しにではあるが、あの日叩かれ傷付いたその右手は、今暖かく包み込まれ、癒されていくのを感じた。
「年下も悪くないなあって、思ってません?」
からかうように、彼が私を振り向いた。私は眉根を寄せて、それに答える。
「……思ってません。あの、私ちゃんと一人で下山しますから、気を使わなくていいですよ」
「別に、気は使ってないですよ。親父の喫茶店、寄っていきませんか? 下山後の珈琲もまた、格別ですから」
彼はそう言って、笑った。
私は赤らんでいるであろう顔を隠すように、ひたすら足元の岩に注視しながら歩を進めた。
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