瞬間、世界が割れて

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   物音と匂いでなんとなく察していたが、彼は珈琲を入れていたようだった。  青年の脇にはスタッフバッグに入っていたらしい、バーナーや珈琲ミルが置かれている。カップには入れたての珈琲がなみなみと注がれていた。  返す、と言われて無下に断ることもできず、私はおずおずとそれを受け取った。そこにあった手頃な岩に座り、カップを口元まで寄せると、まろやかな香りが鼻孔をくすぐる。  一口、口にする。……おいしい。  珈琲には明るくないが、深い苦味の中にもコクを感じる。その豊かな香りは、何やら拘りがあるのだろうと感じさせた。 「親父の喫茶店の豆なんですよ。下の、前田山荘の横にある太陽珈琲店っていう。いつもそこで豆を買ってから、登ってるんです」  彼もまた、珈琲を啜りながら言った。私は思わずその言葉に反応する。 「……ああ、確か、行きに通りがかりました」 「そうですか。じゃあ三田尾根ルートから来たんですね。僕と同じだ」  青年は、私の反応に嬉しそうに答えた。  つい答えてしまい、会話が成立してしまった。まんまと乗せられた気がして癪だったが、その珈琲店は随分と印象的だったのだ。     
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