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立ち寄りはしなかったが、店先に置かれたテーブルのクロス、窓から見えたひとつひとつ異なる照明のランプ、スタンド看板の黒板の文字に至るまで、おしゃれでセンスに溢れていた。
「親父、昔東京でデザイナーをしてたんですけどね。登山が好きで三年前脱サラして、この山の近くにお店を構えたんですよ。実はこの前田山荘のロゴも、親父のデザインなんです」
青年はチタンカップに描かれた、小さなロゴを指差した。
私の持つカップにも同じロゴが印字されている。
簡略化された山荘のアイコンに、筆で書いたような〝前田山荘〟の文字。私がかわいい、と呟くと、男は、でしょう、と得意げな顔をした。
これもまた乗せられているかのようだが、私はつい、口にしていた。
「私も、デザイナー……なんです」
……なんです。
そう言って、ふと、思う。
……〝でした〟だ。
胸の奥がざわりと揺れた。
自分で言っておきながら、この話はしたくないな、と思った。だが彼は私の様子に気付くはずもなく、話を広げる。
「へえ、そうなんですね。何のデザインですか?」
「……私は、ウェブサイトの……」
そう言った瞬間、ふっと強めの風が吹き、目の前を雲が覆った。
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