25人が本棚に入れています
本棚に追加
興味の無い振りをして聞いていたが、内心では動揺していた。
……それ以上、そういう話をしないで。
私は心の中で、呟いた。
「でも、生活のために辞めるわけにもいかなくて、そのストレスが影響してか、母ともギクシャクし出して。長い間、つらかったみたいです。……貴方はそういうこと、ありましたか?」
「……私、は……」
私はそこで、言葉を止めた。
……一つ年下の“彼”は、アートディレクターだった。
何件かのプロジェクトでタッグを組んで、成功し、いつしか距離が縮まった。彼は優しい人だった。
でも仕事には厳しく、クライアントとのやり取りがうまくいかない時には態度に出るタイプだった。
〝あの、追加で三案作りました。確認、お願いできますか〟
彼が先方に伺う直前、ギリギリに私は走って彼の元にデザインを持っていった。彼は私の持つ三枚の用紙を一瞥することもなく、その手を叩いた。
パラパラと、足元に用紙が落ちた。
〝もういいよ。改修案は他の人に頼んだから〟
私たちの関係は社内で誰も知らなかったので、別れる時も穏便に済ませられた。彼は他の人と組むようになり、以来私をアサインすることは無くなった。
クライアントの意向を表現できない、私が悪かった。そのしわ寄せが来る彼を思いやれない、私が悪かった。でも、ただ、疲れてしまった。人と関わることに。……そして、デザインをすることに。
デザインをすることが、あんなに好きだったのに。それだけは、確かなものだったのに。
最後の砦を失い、私は会社を辞めた。
「……私も、いろいろ、ありました」
私は全てを省略して、それだけを答えた。
霧が出ていてよかった、と思った。
涙が落ちた。そんなつもりじゃなかったのに。
最初のコメントを投稿しよう!