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「……つらかったんですね」
彼は、まるで全てを理解したように、そう呟いた。
つらかった。誰にも話す相手がいなかった。
言葉にするのは甘えだと思ったから。態度に出すことも、不穏な空気を作ることすらも、憚られた。みんなそれぞれが頑張っている中、私一人弱音を吐くことは禁じられた。
でも、今でも何も話していないのに、ただ一言答えただけなのに、感情が溢れてしまった。
相手が見ず知らずの他人だったから、言えたのかもしれない。私はしゃっくりあげそうな声を堪え、黙って涙を拭き、気を落ち着かせようと胸に手を当てた。
悟られないように気を付けながら、深呼吸を繰り返す。
平常心が戻ってくる。
「……でもね、大丈夫ですよ」
青年が白い闇の中で、静かに言う。
その姿は見えないが、彼は笑っているような気がした。
「永遠に続くわけじゃない。悲しいことも、嬉しいことも。晴れるときも、曇るときもある。僕はそう思います」
……晴れるときも。
果たしてそうだろうか。
私はもうずっと曇りの中を……雷雨の中を、歩いているような気がする。
そんな根拠の無い言葉を、信じられるだろうか。
ふと、彼が立ち上がる気配がした。
辺りは相変わらず雲の中で、彼は朧げな影のままだ。その影は、何かを確認するように、ゆっくりと辺りを見渡している。
「……珈琲、熱くないですか? まだ熱いですよね。冷まさないとね。合図をしたら、息、吹きかけてください」
「え?」
急に突拍子もないことを言われる。私は面食らった。
しかし彼は構わず、喋り続ける。
「いいですか、いきますよ。せえの……、いち、に、さん」
言われた通り、ふーっと、珈琲に息を吹きかけた。
その瞬間。
背後の雲が割れ、再度、雄大な山脈がその顔を覗かせた。
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