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えっ、と声を出すと同時に、突如現れた太陽光が眩しくて、目が絡んだ。
先程よりもほんの少し上った太陽は、夏の大地を強く照らし、遠くの雲を湧き上がらせていた。
先程までの暗闇は、今は南に流れている。その大きな雲の塊は、中に入っていた時はあんなにも陰鬱としていたのに、外から見るとなんてことのない巨大な綿菓子のようだ。
私はその雲を呆然と見送る。
まるで私の吹いた息で雲が晴れたかのようなタイミングで、私はただただ感心していた。これは彼の仕業なのだ。
私は振り返り、一言呟いた。
「……すごい」
「あは、うまくいった。今、後ろで雲が大きく移動していくのが見えてたから」
数分ぶりに見た彼の顔は、やはり眩しい。それは、上空でいよいよ本領を発揮し出した夏の日差しのせいだろうか。
彼はまたその場に座ると、どこか達観したように語り出す。
「人生って登山と似てますよね。登ってる間、すごく苦しい。長くて、寒くて、ふと、何でこんなことやってんだろう……なんて思う。おまけにやっと頂上についたと思ったら、曇ってて何にも見えなかったり。でも、ちょっとしたタイミングで雲は晴れるし、たとえ晴れなくても雲の向こうにずっと存在する美しい山々を想像することはできるし、足元を見下ろせばかわいい花が咲いていて楽しませてくれるんですよ」
彼が私の後ろ、私が腰を掛けている岩の下辺りを指差す。
そこには、一輪のレンゲツツジが咲いていた。
初夏の高山植物だ。こんなにそばに咲いているのに、近過ぎて、気付かなかった。
たった一輪だが、強風の中、健気に生きようとしている朱色の優しげな花びらは、どこか心を和ませてくれる。
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