11人が本棚に入れています
本棚に追加
「誰だよ、桐谷ちとせ」
チッ、と舌打ちをこぼして先へ行こうとする相手をデカイ図体で阻止し、映一はたまらずに言葉を募らせる。
「ちとせは、「マジカル☆あいどるっ♪」の中ではボーイッシュな青担当の凛とした女の子で世界一可愛くって俺はもう本当に心酔していて、大好きで、それで…!」
「いや…、え?何?」
いきなりワッとちとせの特徴をまくしたてはじめた映一に、その人も苛立ちばかりでなく戸惑いも滲ませ始める。
その様子に気付いて、映一はさすがにいくぶんか落ち着いた。
――落ち着いたようなつもりになった、だけであり、本当のところはまだ完全に理性を失ったままだったのが、本人はあずかり知らぬことだ。完全に、「実写版桐谷ちとせ」たる存在を見つけて感情がオーバーヒートしてしまっている。
「あなたがちとせにそっくりだから!俺、感激してしまって…!」
「はぁ…ドーモ」
「あ、あ、あ、握手してください!」
「えぇ…?ぜってーヤダ」
完全に不審者たる映一と一応会話してくれているだけかなり優しい相手なのだが、客観的な視線を失っている映一は、その言葉に絶大なショックを受けた。
この世の終わりとばかりの顔は、冷たい対応の相手もさすがに面白かったらしい。映一の顔を見て「うわっ、マヌケ」とつれないことを言いながらも口端を軽く上げている。
打ちひしがれる映一を一瞥して、真顔に戻った相手は首を傾いだ。
「お前、新入生?」
「え?そ、そうです…」
「ふーん。うちの学校、そこそこ進学校って聞いてたけど。バカでも入れるんだな」
「へっ?」
更に幾分か落ち着いたので、どうやら悪口っぽいことを言われたとは気付く映一だ。
憧れのちとせの口から暴言がこぼれたことに少なからずショックを受けながら、愛する女に似たその顔を凝視する。
すると、その人は呆れたように笑いながら、映一の図体を避けて先へ進みつつ口を開いた。
「そのナンチャラってのは女なんだろ。俺、どっからどー見ても男だってのに」
数歩前に進んだ相手が、振り返ってトドメとばかりに一言。
「お前、アホなんだな」
言ったきり、彼はさっさと桜並木を通り、校舎のほうへ向かって行ってしまった。
その背をぼんやり見送るうち、映一にもじわじわ理性が戻ってくる。
なにせその人が確かに映一とおなじ男性用の制服を身に着けているのがハッキリ見てわかったからだ。
最初のコメントを投稿しよう!