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「敵が姿を現した! 総員体勢を整えよ!!」
ピアノの旋律を遮って、副大臣の怒鳴るような大声が戦場に響き渡る。兵士を中心にした喚声のような掛け声がそれに応えた。
来る。僕は柄を強く握り締めた。緊張の糸が足先から頭のてっぺんまでを貫くのがわかる。赤壁の隙間から覗く先には何十か何百かとにかく数え切れないほどの軍勢が草木を薙ぎながら疾走してくる。思ったよりも移動速度が速い。馬かそれともーー。
鼓動が速くなり、呼吸が浅くなる。本当にやれるのかこの僕に。攻撃したら敵はどうなる? 死ぬのか? 殺すのか? 僕が、この手で。
「落ち着け。大丈夫だ。身を守ることだけ考えろ。やるべきことは一つ」
「そう、敵を薙ぎ倒すことよ」
聞き慣れた声に振り返ると銀色に輝く甲冑に全身を包んだ一人の兵士が腕を組んで立っていた。
「誰だ?」
「あのねぇ、誰だってことはないでしょ。昨日半日近く一緒にいたじゃない。私よ、ルイス」
そう言うと兵士はフルフェイスを脱いだ。そこから現れた赤髪に切れ長の瞳は、間違いなくルイスだった。
「ルイス! なんでここに! 生徒は後衛にって指示があっただろ!」
「あったわね。だけど、今回ばかりは関係ないわ。私はいたいところにいるの。気にしないでただの気まぐれな反抗期よ」
髪を風に靡かせながらルイスは残りの甲冑も地面へと投げ捨てていく。ちらほらとその様子を見ている兵士もいたが、ほとんどは敵に集中して前方を見据えていた。
「だからって……」
「いいじゃないの。私が来たから少しは緊張が解けたでしょ?」
言われてみれば確かに体が軽くなっている。
「さて、無駄話もおしまい。来るわよ!」
ルイスもヴァイオリンを構えた。慣れた手つきで弓を弦の上で滑らせると、ルイスの髪を微風が吹き抜けていく。
敵軍と向き合うと、僕も今一度ヴェルヴに力を込めた。軽やかにかつしっかりと。カロリナ曰く、「いい演奏は肩の力を入れすぎても抜きすぎてもダメなのよ」。
木製の柄から伸びる短い刃は、淡い赤色の光を発し、僕の背丈ほどの大剣にその姿を変えた。両手でそれを振り上げ思い切り地面へと突き刺す。
低い地鳴りのような咆哮へ向かって、一直線に地面へとヒビが入り、次の瞬間に焔が溢れ出てほとばしっていく。
「あの攻撃にやられたのよ、私」
後ろでルイスがぼそりと呟いた。
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