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「えぇ!? ちょっと、速すぎ!」
獲物へ一斉に飛び掛かろうと全速力で距離を詰めてくる獅子の群れには、ルイスの風弾もカロリナの炎の壁も見えていないようだった。だが、それは逆に好都合だ。人間であれば躊躇しそうな防壁にお構いなしに飛び込んでくることはないのだから。
「魔物なら思い切り攻撃できる」
再びヴェルヴに力を込めると、刀身が赤色と黄色のグラデーションに輝く。頭の中ではさっきからカロリナとルイスの曲が鳴り続けていた。ピアノとヴァイオリンの二重奏、火と風の華麗なダンス、思わずステップを刻みたくなる軽妙なヴァイオリン・ソナタだ。
目の前に迫る獅子は口を大きく開いた。喉奥にチラチラと燃ゆる炎が見える。
ギルドの噂を聞いている敵方は、僕がマグマの攻撃を繰り出すことは予想していた。だったら、予想だにしない一撃を見舞えばいい。
獅子の口腔から熱線が吐き出されたタイミングで、最高潮に達した演奏とともに僕はヴェルヴを薙ぎ払った。火炎をその表面に纏った巨大な渦が、熱線ごと獅子の群れを丸呑みにしていく。
苦痛の、苦悶の声が辺り一面に響き渡った。それすらも呑み込んで、赤色の渦は嘗めるように前進を続けていく。対象を全滅させると、渦は静かに一面焼け野原となった風景に解けていった。数十体のフィアスの残骸を残して。
「やったのか?」「ウソだろ、一瞬で……」
兵士達の間にどよめきが起こる。それは前衛から後衛へと広がり、ざわめきへと変わっていく。
「浮き足立つな! まだ先鋒を殲滅しただけ! まだ敵軍は迫ってきている!!」
副大臣の怒号が飛び再び緊張が走った。副大臣が言うように、速度は緩んだものの次の部隊の足音が近づいてきていた。
遠巻きに牽制しつつ姿を現したのは灰色の毛皮を持つ大型の狼のようなフィアス。数十頭が群れをなして火壁の周りをこちらの様子を窺いながらウロウロと行ったり来たりしている。鋭い歯の隙間からのぞく舌から涎が垂れる。すぐに飛び掛かってこないあたり、獅子よりも知能が高そうだ。
今一度、火炎旋風で攻撃するか? それともーー。
「ハルト! 急いで今の魔法を使って! こいつらは一斉に攻撃してくるわ」
ルイスが言い切る前に群れの中でも飛び抜けて図体のでかい一頭が遠吠えをした。すると、全員が合唱でもするように吠え始めた。群れの真ん中に水球が現れみるみるうちに回転しながら膨張していく。
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