スルノア王宮防衛戦

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「あらら、もう終わり? 弱いのがいくら集まってもやっぱり弱いままだね」 真っ赤に染まったその顔は変わらない笑顔を浮かべていた。血色の混じった白髪はまるで死神のよう。 なんだこいつは――。としか思えなかった。今までの人生の中で出会ったこともないその異常性は想定を超える先にあった。こいつはヤバい――。人懐っこい笑顔を張り付けながら息をするように人を殺す。近づいてはならない、逃げなくてはならない。――だけど、逃げられない。 恐怖を理性でコントロールしようとするが、足が震えて動き出せなかった。人間は本当の恐怖に際したとき、動くことができないという。あっちの世界でだって、この世界でだって何度も危機を乗り越えてきたが、それらとは質の違う危険性がひたひたと目の前に迫ってきていた。 それは初めて口を歪ませると、獲物を捕らえたネコ科動物のように目を大きく開いた。金色と赤色のオッドアイ。 「恐怖で足が動かないなんて、情けないね。あれだけ僕のフィアス達を殺しといてさ」 僕の……フィアス? 辛うじて動く頭に疑問が浮かぶ。まさか、こいつは。 「僕のもう一つの特徴はね。あえて魔物使いとでも言おうか、フィアスを従わせることなんだ」 突如、耳障りな音色が宮殿一体に響き渡った。両手で耳を覆うと、堅牢な赤壁が瞬時に消えた。 「上空を見てごらん」 言われるがままに頭を上に向ける。雲一つなかったはずの青空が今にも雨が降り出しそうな黒雲に覆われている? では、あの蠢く感じはいったい……。 「そんな……あれ全部……」 「ウソだろ?」 「そう。全部フィアスさ。エンファガルにヴァインズにビーク、それに――まあ、いいか。君たちはあまりフィアスの種類に興味なさそうだし。稀人くんの雇主は一羽のビークとともに城へ向かったディサナスに殺られているころじゃないかな? あぁ、さすがにまだ死ぬには早いか」 目の前まで迫った少年は血で赤黒く染まった長剣を軽く握ると、また最初の笑顔に戻った。 「さて、その前に死んでもらうか、稀人くん。大丈夫。僕のは一瞬で楽になるから」 金色と赤色の宝玉が怪しく光ったように見えた。魅惑的なその瞳にどうしようもなく惹きつけられる。長剣は少年の頭上高く上がり、垂直に振り下ろされる。押し寄せる風圧に覚悟を決めて僕は目を閉ざした。不協和音が身体中を貫き、あの懐かしい常闇の感覚が浮かび上がった。
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