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ちょっと外出よう。
そう言って連れ出されたホール。
この前の小テストで点数悪かったから勉強一緒にする。教えてもらうってことでOK?上手く口裏合わせてねー。軽くそんなことを言うゆり。
「はい」
肩から下がった小さな鞄から携帯を取り出してかなえに手渡すゆり。
こう言う時のために携帯が必要だったのかしら?でも、どこに電話するんだろう?
後から、あの時は上手く頭が回っていなかったんだな。と何度も思いだすことになる瞬間だった。
「家に電話して。お家の人、誰か家にいる?」
「……う、嘘つくの?」
「嘘って……、ライブって言って平気ならそれでも良いよ?帰りはね、ねーさん」
言いながら一緒に歩いてきた女性を振り返ると、ねーさんと呼ばれた彼女は愛想良く笑って、旦那が迎えにくるんだ。と言った。
「姐さんが車で送ってくれるから危ないこともないし」
「え……、うん……」
「お母さんとお話し出来たら変わってね?ゆりの姐として責任もってお送りします、って説明するからね?」
……そう、言ってくれてたのに。
呼び出し音が何度か鳴る。
専業主婦の母。
買い物に出掛けていなければきっとすぐに出るはず……。
「もしもし?」
母の声だ。
聞いた瞬間に、脳裏に何故かゆりの猫の目が浮かんでいた。
あの、くつろいだ黒い猫の目。
「あ、お母さん?!私!かなえ!今日、お友達に誘われてコンサート見に来てます!帰り遅くなります!でもお友達のお姉さんが送ってくださるそうだから心配しないで!じゃあね!」
一息で話して、かなえは通話の終了ボタンに触れると、手の中にあるものが今にも自分に噛み付こうとしているかのような錯覚を覚えて慌ててゆりに携帯を返した。
「……いいの?」
「え……」
くす。とゆりの唇から声が漏れる。
あっけに取られたように目を丸くした姐さんは、しかし、次の瞬間にはふふ。と声を漏らして、そうそう。お友達のお姉さんがきちんと送りますから大丈夫ですよ。そう言って2人に軽く手を振ると元いたグループの方へと戻っていった。
「……いいの?」
聞いてくるゆりの目は、あの黒猫の目だった。
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