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あの、何で私……。
口を開いては閉じ。
何度も問いかけようとした質問は結局音になることがないままにその場所に着いた。
そして。
ゆりは学校にいる時とはまるで別人だった。
学校にいる時は暗いというのとは違うが物静かで言葉数が極端に少なく、そしてどこか謎めいていた。
自身のことをほとんど話さず、友人同士の雑談に混ざることもなく。質問が多いのか教師といる時間のほうが長い。
教師とばかり話すので、実は家庭に問題があるのじゃないか。非行があるのではないか。そんな噂があった。
それが。
まただ。
またあの猫の目。
かなえの心臓を強く打つあの笑み。
それが惜しげもなくゆりの前に立つ年齢がばらばらな人物たちに向けられていた。
ゆりの友人らしい彼女たちは皆同じように黒い服を見にまとっていた。
「新しい動員連れてきたーー!」
そう言ってかなえの背を押すゆり。
ゆりの前に立つ面々は初対面だというのにひどく友好的だった。
「ほんとー。ありがとー!」
「動員増えなくて困ってたんだー」
「そうそう。曲良いの書くのにね!」
「ライブだって楽しいしねー!」
「楽しいから、良かったらこれからも通ってくれると嬉しいな」
……どういん?動員って……?
戸惑うかなえの表情に気づいたのだろう。
ゆりは何故かかなえの手を握った。
「大丈夫!」
あの、猫の目。
「ウチは、全然違うけど!でも、大丈夫だからね。手をつないでれば恐くないよ」
そう言って笑うゆりは機嫌の良い黒猫のようだった。
「あの……、何が……」
全然違うと言うのだろうか。
学校からこの会場までの1時間と少しの間。
学校でゆりの存在を知ってからとは比べ物にならないくらいの短い時間で、ゆりは警戒が必要な相手ではないとわかったが。
ーーわかったような気がしたが。
だからと言って、普段接している友人と同じように接するのは何故か躊躇われた。
何故か。
その笑みを、ずっと見ていたいと思ったけれど。
笑みを引き出したいとは思ったけれど、不用意に声をかけてその笑みが消えてしまったら……。と心の底に小さな不安があった。
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