第1話 生死の狭間

6/6
前へ
/15ページ
次へ
 一人で生還したときは、右腕がめちゃくちゃになっていたそうだが、おそらくナイフを握ったまま敵の口の中にそいつをぶち込んだのだろう。刃物で敵に致命的なダメージを与えるのには有効な手段ではあるが、最後の最後でしか使えない方法でもある。今回の左腕のダメージは、そのとき以上にひどい。  コンビを組む際に相方の治療履歴を頭に叩き込んだ。いつどこで、どんな敵と戦い、どんなダメージを負ったのか。どのような治療をし、どのパーツを交換したのか。そして強化したのか。製品の耐久度やメンテナンスに必要な投与剤のリスト。インストールすれば、情報はいつでも引き出せるが、自分なりにインディックスを再構築し、あらゆる外傷、感染症、免疫過剰反応などに対応できるよう治癒パターンを用意しておく。  僕の能力が『神の手』と呼ばれるのは、何も特殊な能力を有しているわけではない。マジックに種も仕掛けもあるように魔法にも理論と経験則があり、すべては科学なのである。  人類が地球から本格的な地球外移民を始めたのは今から200年ほど前のことである。宇宙ステーションや月面基地の建設によって、擬似的な永住が100家族ほどで行われ、同時に火星の開拓が始まった。人はその中で新しい環境に適応し、新たな鉱物資源を得て、人類の科学は飛躍的に進歩した。地球上では不可能だったことが、可能になる。簡単に言えば人類は魔法を手に入れた。  火星や周辺の小惑星から新種の鉱物が発見され、ナノテクノロジーとの組み合わせで見た目に手をかざすだけで傷口を治癒するような技術が開発された。それらの技術は多国籍企業と軍事産業によって軍事用に開発されたものだったが、やがてそれらは共通の目的のために国や企業の枠組みを超えて技術協力を積極的に行うようになった。  人類にとって共通の敵に対抗するため、人類歴史上はじめて地球人はひとつにまとまったのである。共通の敵の出現は当初、さまざまな憶測が流れ、国や多国籍企業、或いは宗教や政治思想、社会思想に基づいた陰謀ではないかと思われたが、研究が進むにつれ、敵に対して人類が互いにけん制し会っている場合ではないことがわかってきた。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加