第2話 宇宙猫

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 強化を施された飼い猫たちが、飼い主の目を盗んで交尾をし、望まれることなく生まれた子猫たちは人に捨てられる。宇宙にまできて捨てられた猫たちを哀れに思い、人以外には施してはいけないような強化を行い、過酷な環境でも生き残れる「ちから」を与え、結果、野に野獣を放つがごとき愚行によって、人類は飼う側から、狩られる側へと逆もどりしたのである。 「別に誰かのツケを俺が払おうというわけではないさ。ただ――」  アルフレッド・ローゼンベルガーはいつも一枚の写真を携帯している。そこには年老いたビーグル犬が映っていた。 「相棒の仇を打ちたいだけなんだよ。ただ、それだけのことさ」  愛犬ジョバンニが宇宙猫に狩られたのは、あいつが火星に赴任して1年後のことである。当時、あいつは市街地に潜伏する小型の宇宙猫を駆除する任務に就いていた。数年前までは町の消防組織がこれにあたっていたが、宇宙猫の狂暴化は日に日に増しており、軍隊の出動となったのだが、時すでに遅し。圧倒的な運動能力と、狡猾な狩りのノウハウは、人の手に負えないレベルに達し、密林でゲリラと互角以上にやりあえる「エキスパート」でなければ対処しえないほどに宇宙猫は厄介な存在になっていた。  宇宙猫の学習能力は、人の想像をはるかに上回り、これまでペットとして飼っていた猫が、実際人類をどのように見下していたかを考えると、背筋が凍る思いである。地球にいる猫は今のところネコのままである。或いはネコの皮をかぶった猫のままであるといったほうが適切なのかもしれないが、飼い猫に対して、様々な検疫がなされるようになったのは言うまでもない。  エキスパートだったあいつは、軍の期待通りに確実に成果を上げていった。しかし、敵はそんなあいつをターゲットとして日常的に襲うようになったのである。そしてついに留守宅を襲撃し、10年連れ添った愛犬を惨殺したのであった。 「獣は捕食をする。しかし奴らは怨恨で他の生き物を惨殺する。これはもう戦争だ。奴らは俺に宣戦布告をしてきたんだ。絶対に負けるわけにはいかないんだよ」  普段、そういう話はしない男だが、死の淵をさまようようなとき、あいつは自分がなぜ戦っているのかを自分に言い聞かせるように昔話をする。僕はあいつの呪詛を聞きながら治療を施す。これはもう悪魔の儀式と言ってもいいだろう。
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