小説家

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「それが、 まだ家族にはなにも言ってないんですけど、 比喩荘(ひゆそう)の人たちには言いましたよ」 そう言って、僕も微笑んだ。目の前の時計は既に午後六時を指しており、いつも通り打ち合わせの後は必ずと言っていいほど鈴木さんに夕食をご馳走になる。この一年間でできた一つのルーティーンだ。 夕食ではこの後の予定を話したり、小説についての話が殆どだか、時が経つにつれて鈴木さんのこれまで出版を手掛けた作品の話や、昔の仕事の話、僕の高校生の時の話や家族の話しなど色々な事を話した。鈴木さんはどの話も真剣に聞きいてくれ、親身になってくれた。終始笑顔を絶やさないそんな鈴木さんを見て、僕はこんな事を相談したのを思い出した。今好きな女性がいると。 「じゃあ、例のあの子にも…… 」 「そうですね」 そう呟いた僕に鈴木さんは、頑張れと言いたそうな顔をした。 例のあの子とは、いつの日か鈴木さんに相談した女性のことだ。出版が決まってから東京に来ることが多くなり、その度に寝床を探すのが大変だと思い、都心から少し離れた街にある比喩荘と言うアパートの部屋を借りたのだ。
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