あの夏に置いてきたもの

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多分あの頃のオレは細くてインドア派で、現代もやしっ子そのものだった。 知識はあっても使ったことなんてなくて、家事も生活の些事もすべて母親任せだった。 便利な技術に囲まれて、苦労なく過ごしていた。 今のオレは知っている。 火を使うのに、火種がいること燃料がいること。 ものを食うのにも手順が必要だ。 パンを食うのに小麦を育て粉にする。 肉を食うのにけものを育て、屠り、捌く。 安全に暮らすために、害なすものは退治する。 手応えを感じることが当たり前になったように、血を流すことも当たり前になった。 たとえ害獣が親子でも、可哀想のかの字も感じなくなった。 そうか魔獣でも親子っているんだって、そう思っただけだった。 この世界にやってきたあの夏の日に、あの頃のオレは置き去りにしてきてしまった。 もう、元の世界での名前では、誰もオレを呼ばない。 もしも元の世界に帰されても、オレはかえってなじめなくて、トバやサファテが恋しくてどうしようもなくなるだろう。
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