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「こいつはのんびりだからな。今になって、自分のことに気がついたらしい。どこから来たとかこれからどうするとか、そういう、もっと以前に焦っておくようなことを焦りはじめた。まあ、仕方ない、五歳児だ」
「五歳って……成人しているといっていなかったか?」
「ここに来てからそれだけ経った。こいつの元いたところは、よほど恵まれていたっていうじゃないか。ぼんやりしていても命の保証がある場所だ。生まれなおしているといっていいくらい、必死にここに馴染もうとしたんだろうよ」
気がついているか、とトバがぶっきらぼうに話を続ける。
「最近やっと、昔の思い出話をするようになった。周りの違うところの話じゃなくて、あんなことをしたこんなことがあった、こういう食べ物がうまかった、ってことをさ」
「トバとも、そういう話をしていなかったのか?」
「違いを数え上げたり、技術を教わったりはしていたけどな。こいつの思い出を聞くのは、最近さ……思い出を口にすることもできないくらいに、違いを受け止めて馴染もうとしていた。世界を渡るっていうのは、そういうことなんだろ」
「知っているような口ぶりだな」
ふ、とトバの手が止まる。
いっていなかったか? と首をかしげたようだ。
「俺の育ての親は、多分、こいつと同郷だ」
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