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「え、なん、なんでっ」
「や、まつ毛ついてたから取ろうと思って」
「えっ、あ、まつげっ?」
動揺してうまくしゃべれないおれとは正反対に、いたって平静な様子の男前は、自分の右頬を指差してみせる。
慌てて右の頬をごしごしと擦ると、反対、と笑いながらすっと左頬に触れる指先。
それだけでさらに顔が熱くなったような気がした。
「とれた」
「あ、りがと…」
「ん」
ふっ、と指先についたまつ毛を払い落とす様子さえ様になっていて目が離せない。
どうしたんだろう。さっきまであんなに悲しくて苦しいと思っていたのに。
今はなんだか心がぽかぽかする。
「じゃ教室戻るか。えーと、名前は?」
「あ、奈知、圭介」
「なち、ね。あ、けいすけの方がいいか?」
「あ…、いや、奈知でいい…」
"圭介"
そう呼ばれると、とてもこわい記憶を思い出すからどうしても嫌だった。"それ"は、まだ言葉にするのは恐ろしくって誰にも話していないけれど。
知らず険しい顔をしていたのか、パシッと軽く右腕を叩かれる。はっとして顔を上げると、男前がニヤリと笑っていた。
「片山健司。1年な。俺は健司でいい」
「…健司、くん」
「やめろやめろ、君づけは。鳥肌立つわ」
大げさに顔をしかめて頭を横に振り、両腕をごしごしさする。
その仕草につい笑ってしまった。
「じゃあ…、健司」
「ん」
満足げに頷くと、じゃあ教室戻るぞー、とくるりと向きを変え歩き出す。
その後ろに続いて歩きながら、掴まれていた右腕にそっと触れてみた。
皮膚の表面は冷たいのに、さっき叩かれたところが熱を持ったように熱く感じる。なんだこれ。
こんなの、はじめてだ。
(片山、健司…)
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