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「う、嘘でしょ。だって、もう死んでるし」
私の心の奥底に封印して、忘れ去っていた記憶が溢れ出そうとしている。私には必要のない記憶、私には関係のない記憶、ただただ忌まわしいだけで無意味な記憶。
「あんまり憎らしいから、死んでも死にきれなくてな、こうしてお前と話をしてんだよ。なあ、積もり積もった俺の恨みを聞いてくれよ」
「冗談でしょ。だって私は何もしてないよ。勝手に死んだのは、そっちでしょ。私なんか何もしてないし。悪いのは全部絵梨なんだよ。絵梨がやれって言うから、私たちは絵梨が怖くて従っていただけでさ」
高校三年生の夏、同級生の男子が自殺した。私たちはその男子を害虫のごとく忌み嫌って、駆除しようとした。
死んでしまってびびったけど、すぐに忘れてしまった。
「いまさら、他人のせいにすんのかよ」
「ほんとだよ。私は何もしてないし、ただ見てただけだよ」
「靴を燃やしたり、殴ったり、蹴ったりしたよな、みんな笑ってたよな」
「違うよ、ぜんぶ絵梨がやれって、絵梨が怖かったの」
「絵梨がこわけりゃ、何をやっても許されるのかよ」
「私だって被害者なんだよ。もう忘れさせてよ」
「俺がどんな思いで電車に飛び込んだか知ってるか」
「知りたくもないわよ」
「頭が千切れたんだぞ。俺の頭がサッカーボールみたいに線路の上をごろごろと転がっていったんだぞ」
「知らないわよ」
「なあ、いまからお前に会いに行くよ」
「来ないで」
私は絶叫して、握りしめたスマホを窓に投げつけた。
逃げなきゃ、ここから逃げなきゃ。
誰もいないはずの階下の玄関で、ごとり、と大きな音がした。スイカか何かが落ちたような鈍い音だった。
嘘だ、嘘だ、あいつはもう死んでる。死んでるんだ。
階段をゆっくりと何かが這いのぼって来る音がした。
誰か、誰か、助けて。
私の目の前に、ぼろぼろの制服を着た、頭のない男が立っている。
足下にはウジ虫が群がる頭が転がっていて、空洞の眼が私を見上げている。
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